特別企画 松永幹夫騎手 引退メモリアル

2月28日で騎手を引退し、3月1日から調教師として新たな旅立ちを迎えた松永幹夫騎手。
今回は特別企画として、年表仕立てでその戦歴や功績を見ていくことにしたい。     PHOTO ©ケイバブック/白田敏行

                                      松永幹夫騎手といえばこの馬!アンケート結果はこちら

松永幹夫騎手 プロフィール

松永幹夫(マツナガ ミキオ) 

所属 栗東・山本正司厩舎
生年月日 昭和42年4月10日
身長 162cm
血液型 O型
出身 熊本県
  日本騎手クラブ関西支部長も務めた

【同じ昭和42年生まれの有名人
小牧太騎手
清原和博(オリックス)選手など

【同じ4月10日生まれの有名人
堂本剛 Kinki Kids 1979年 4月10日
和田アキ子 歌手 1950年 4月10日
スティーブン・セガール 俳優 1950年 4月10日  など

【同期の騎手
熊沢重文騎手
横山典弘騎手
林満明騎手
武藤善則(現調教師) など

  【各年騎乗成績】
  1着 2着 3着 4着 5着 着外 連対率
1986
40
34
29
27
33
189
21.0%
1987
44
36
40
48
45
242
17.6%
1988
61
54
50
64
54
273
20.7%
1989
88
52
53
55
46
302
23.5%
1990
53
56
41
52
53
280
20.4%
1991
79
57
70
64
63
300
21.5%
1992
60
53
60
44
57
288
20.1%
1993
65
78
56
60
68
268
24.0%
1994
73
67
55
59
58
302
22.8%
1995
88
70
73
55
64
296
24.5%
1996
24
36
25
27
23
181
19.0%
1997
101
72
71
64
58
296
26.1%
1998
90
63
73
66
67
371
21.0%
1999
70
79
81
58
65
336
21.6%
2000
99
106
72
73
62
370
26.2%
2001
93
80
75
75
73
373
22.5%
2002
63
61
75
74
67
399
16.8%
2003
68
82
67
57
70
366
21.1%
2004
83
76
71
57
52
389
21.8%
2005
48
46
64
73
59
363
14.4%
2006
10
14
7
6
4
53
25.5%
TOTAL
1400
1272
1208
1158
1141
6237
21.5%

通算成績  12416戦 1400勝

年表で綴る 松永騎手 デビューから現在まで

1986 3月 デビュー(3月1日)インターアビリティ
(阪神1R 3歳未勝利 ダ1800m 12着 7人気)
松永騎手と同じ歳 編集部(や)のひとりごと

『あっと言わせる男』

 こんな日がこんなにも早く来るとは思わなかった。

 もちろん、彼より若い調教師もたくさんいるし、年齢に早いも遅いもないのだけれど、いざ騎乗が見られないとなると、寂しい気持ちで一杯になる。彼がデビューし、若い女性ファンが増え、翌年デビューした武豊騎手、そしてオグリキャップで競馬ブームは定着したと言っていい。その流れの一端を作った功績については、競馬ファンのみなさんならよくおわかりのはずだろう。

  騎乗は、馬への当たりが柔らかく、『ソツのない』イメージがあったが、キョウエイキーマンで挑んだスプリンターズSでサクラバクシンオーには離されたものの、エイシンワシントンを直線で蹴落とし、ビコーペガサスとの差し比べで最後まで抵抗した場面(3着)、また連闘、おまけに格下の身でマイラーズCを勝ったメジロワースでの積極的な騎乗など、個人的には『攻める松永』、『あっと言わせる松永』の一面のほうが印象に残っている。

  通算成績12416戦1400勝。そのひとつひとつの思い出を胸に今後は『松永幹夫厩舎』に大いに期待したい。

  初勝利(3月23日) ツルマイスワロー
(阪神7R 900万下 ダ1200m 2人気)
8月 重賞初騎乗&初連対 函館記念(G3)
(8月17日・トウホーカムリ2着 4人気)
1987 3月 武豊騎手デビュー
4月 G1初騎乗 桜花賞 (4月12日・オカノアスティー 10着 11人気)
1988 9月 重賞初制覇 函館3歳S(G3)(9月・サザンビーナス 3人気)
5月 JRA通算100勝達成(5月1日 京都6R チェリーランド
ダービー初騎乗(5月29日・ポートモガミ 21着23人気
勝ち馬サクラチヨノオー
12月 重賞初1番人気(12月11日・愛知杯・カツトクシン 1着)
1989 6月 G1初連対(6月11日・フレッシュボイス 宝塚記念 阪神芝2200m
勝ち馬イナリワン 10人気2着)
7月 新馬戦 ダイカツブランドで2着馬に2秒9差の大差勝ち
(7月8日・函館2Rダ1000m)
8月 JRA通算200勝達成
(8月6日 函館9R 長万部特別・スーパーガリオン
12月 ワールドスーパージョッキーズシリーズ総合優勝(12月3日 阪神)
  有馬記念初騎乗(12月24日・ミスターシクレノン 6人気・13着)
1990 2月 連闘馬での重賞初制覇(2月25日 マイラーズC メジロワース
7番人気)
1991 2月 JRA通算300勝達成(2月9日 京都6R・バンブールミエール)   
5月 G1初制覇
(5月19日・東京11R オークス イソノルーブル 4番人気)

イソノルーブル

父ラシアンルーブル/ 母キテイテスコ
牝・栗東・清水久厩舎

計8戦中最後の4戦で騎乗。自身最初となるG1制覇を果たした馬。1番人気の桜花賞は落鉄したままでの発走、それでも5着と踏ん張り、リベンジをかけたオークスで20頭中20番枠の不利をはねのけ、見事に逃げ切った。

1992 8月 JRA通算400勝達成(8月8日 函館2R マスミアンバー
1993 4月 シクレノンシェリフで皐月賞3着
(4月18日 中山芝2000m 4人気 皐月賞最高着順)
シクレノンシェリフは新馬→毎日杯と連勝、3走目でのクラシック挑戦
12月 G1で初1番人気(12月5日 阪神 阪神3歳牝馬S
シスターソノ 11着 勝ち馬ヒシアマゾン
1994 3月 JRA通算500勝達成(3月20日 中京8R トキオアクティブ
4月 外国所属馬に初騎乗 京王杯SC
(4月23日 東京芝1400m ダーボン・UAE所属 12人気8着 )
12月 G1・スプリンターズSキョウエイキーマンで13人気3着(自身騎乗G1複勝の最高配当となる1220円)(12月18日・中山芝1200m)
1995 4月 産経大阪杯で12人気1着
(4月2日・インターマイウェイ 自身単勝配当1位 14040円)
 
6月 JRA通算600勝達成
(6月3日 京都11R 阪急杯(G3) ボディーガード
 
  イブキインターハイで皐月賞・ダービー・菊花賞の三冠すべてに騎乗  
1996 3月 調教中に事故 片側の腎臓を摘出する大怪我  
9月下旬 復帰   
10月 秋華賞をファビラスラフインで制覇
(10月20日 京都芝2000m 5番人気)

ファビラスラフイン

ファビラスラフイン父ファビュラス ダンサー
母メルカル
牝・栗東・長浜厩舎

生涯7戦中最後の3戦で手綱を取った。人馬ともに休み明けと言える秋華賞で好位から抜け出し快勝。続くジャパンCでも牝馬ながら、シングスピールとハナ差競り合った熾烈な叩き合いはジャパンC史上名勝負と言われる。

12月 キョウトシチーで東京大賞典制覇
(12月29日 大井ダ2000m 1番人気)   
1997   自身初となるJRA年間100勝をマーク (最終勝利数 101勝)
3月 JRA700勝達成(3月29日 阪神4R ジョーヴ
4月 桜花賞をキョウエイマーチで制覇
(4月6日・阪神芝1600m 1人気)

キョウエイマーチ

キョウエイマーチ父ダンシングブレーヴ
母インターシャルマン
牝・栗東・野村厩舎

28戦中13戦で手綱を取った。2番手からあっさり勝った桜花賞、大差勝ちのデビュー戦も圧巻だったが、前半3ハロン33秒2で飛ばしながら、タイキシャトルの2着に粘り切ったマイルCSもスピード能力を表す上では一番。

  ゼネラリストでオーストラリアTに騎乗 京都芝2000m
コースレコードをマーク(4月19日 京都11R 1.57.5)
6月 メジロブライトで皐月賞・ダービー・菊花賞の三冠すべてに騎乗
ダービー初1番人気(3着 ダービー最高着順 6月1日)
11月 菊花賞3着(2人気 菊花賞最高着順タイ 11月2日)
1998 3月 ドバイワールドC遠征 キョウトシチー6着(9人気)(3月28日)
4月 JRA通算800勝達成(4月5日 阪神3R トーホウアイリス
11月 エモシオンで皐月賞・ダービー・菊花賞の三冠すべてに騎乗
菊花賞ではセイウンスカイスペシャルウィークに次ぐ3着
(11/08 京都芝3000m 5人気 菊花賞最高着順タイ)
1999 7月 JRA通算900勝達成(7月10日 函館5R エピグラフ  
2000 2月 3歳馬レギュラーメンバーに騎乗
新馬で2着馬に2秒9差の大差勝ち
(2月5日 京都ダ1800m・自身大差勝ちタイ)
 
4月

チアズグレイス

チアズグレイス父サンデーサイレンス/ 母チアズフラワー
牝・栗東・山内厩舎

デビューから引退まで11戦全て手綱を取った。この馬でのクライマックスは桜花賞。前走チューリップ賞で1番人気も太め残りで10着と大敗。猛稽古で馬体を減らし、完璧に仕上げたスタッフと完璧な騎乗が実を結んだ勝利。

桜花賞をチアズグレイスで制覇
(4月9日・阪神芝1600m 6人気)

 

5月 栗東Sでブロードアピールに騎乗 ダ1200mコースレコードをマーク
(5月14日 京都11R 1.09.2)
 
8月

JRA通算1000勝達成(8月26日 札幌5R スイートレディ)

 
10月

クロフネ

クロフネ父フレンチデピュティ/ 母ブルーアヴェニュー
牡・栗東・松田国厩舎

デビューから4戦騎乗。速い追い切りが少なかったデビュー戦で強烈に追い込んで2着。続く2戦目で京都3歳(当時)レコードをマーク、そしてエリカ賞でも阪神3歳レコード。このコンビで次元が違う走りを十分に見せた。

3歳新馬戦でクロフネに騎乗、3歳京都芝2000mコースレコードをマーク
(10/28 京都2R 2.00.7)

続くエリカ賞でもクロフネで3歳阪神芝2000mコースレコードをマーク
(12/3 阪神9R 2.01.2)

サンエムエックス
で京都芝2400mコースレコードをマーク
(10/15 比叡S 2.22.6)
11月 ダービーGPをレギュラーメンバーで制覇
(11月3日・盛岡ダ2000m)G1
 
 

ファレノプシス

ファレノプシス父ブライアンズタイム/ 母キャットクイル
牝・栗東・浜田厩舎

16戦中最後の2戦で手綱。ラストランとなるエ女王杯。フサイチエアデール、トゥザヴィクトリーに次ぐ3番人気。この2頭をマークして内でじっと我慢。直線で2頭を差し切る理想的なレース運び。引退に見事花を添えた。

エリザベス女王杯をファレノプシスで制覇(11月12日・京都芝2200m 3人気)

 

2001 1月 1日に勝利を記録した騎手が5人だけ (1月6日・京都競馬場 
松永騎手3勝、藤田騎手5勝、デムーロ騎手2勝、河内、小林徹
各1勝 )
 
  川崎記念をレギュラーメンバーで制覇
(1月26日 川崎ダ2100m 2.12.9 1人気)

レギュラーメンバー

レギュラーメンバー父コマンダーインチーフ
母シスターソノ
牡・栗東・山本厩舎

23戦中15戦で手綱。母にも騎乗していたが、母ではなしえなかったG1制覇を息子でやってのけた。3歳時のダービーGPでの大差勝ち、川崎レコードを出した川崎記念など折り合って逃げたときの強さは並ではなかった。

3月 ドバイワールドC遠征 (3月24日 レギュラーメンバー 9着・11人気)
5月 ビハインドザマスクに騎乗 京都芝1600m外回りで1.32.1で1着
コースレコードをマーク(5月13日 都大路S)
6月 1回函館1・2日で23レースに騎乗 自身1節最多騎乗(6月15・16日)
9月 JRA通算1100勝達成(9月8日 札幌1R トリッキーアイズ
10月 記念すべき第1回JBCクラシック(10月31日 大井ダ2000m
1人気)でレギュラーメンバーに騎乗 2番手追走から押し切る
2002 6月

カネツフルーヴ

カネツフルーヴ父パラダイスクリーク/母ロジータ
牡・栗東・山本厩舎

37戦中27戦に騎乗。ロジータの仔らしく砂の舞台で本領発揮。2番手から抜け出した帝王賞、先手を取って逃げ切った川崎記念はもちろん、9馬身差をつけて逃げ切ったオグリキャップ記念など中長距離で強さを見せつけた。

カネツフルーヴとのコンビで帝王賞制覇(6月19日 大井ダ2000m 2.03.7 6人気)
8月 1万回騎乗 (8月11日 札幌3R エクセレントパレス
JRAでは9人目
 
10月

メガスターダム

メガスターダム父ニホンピロウイナー/ 母フミノスキー
牡・栗東・山本厩舎

21戦中19戦で騎乗。ニホンピロウイナー産駒の異端児代表。三冠すべてこの馬とのコンビで出走したが、最高着順が3000mの菊花賞3着というから驚きというほかない。その後中京記念でようやく重賞制覇。勲章を手にした。(写真14番がメガスターダム)

メガスターダムで皐月賞・ダービー・菊花賞の三冠すべてに騎乗
菊花賞では3度目の3着 (10月20日 京都芝3000m 3人気  菊花賞最高着順タイ)

 

2003 1月 カネツフルーヴとのコンビで川崎記念制覇
(1月29日 川崎ダ2100m 2.14.8 4人気)
 
  2月 JRA通算1200勝(2月9日 京都6R 3歳新馬 パドカトル
10321戦目 史上12人目、現役では6人目
 
2004 7月 ラジオたんぱ賞をケイアイガードで制し、福島での重賞初制覇
(7月4日 芝1800m 1人気)
小倉を除くJRA9場での重賞制覇となった。

ケイアイガード

ケイアイガード父デヒア
母アドベンチャーオン
牡・栗東・古川厩舎

3歳6月〜10月まで4戦に騎乗。白百合Sの勝利に続いて、ラジオたんぱ賞に出走。カンパニーを抑えて重賞制覇。騎手にとって福島での初重賞制覇となった。残す重賞未制覇場は小倉のみとなったのだが……。

  JRA通算1300勝(7月31日 函館1R 2歳未勝利 カシマフラワー
11335戦目 史上12人目、現役では5人目
2005 7月 1万2000回騎乗 (7月16日 函館1R ダイシンウィル(4着))
史上8人目、現役では武豊騎手、柴田善臣騎手に次いで3人目
10月

ヘヴンリーロマンス

ヘヴンリーロマンス父サンデーサイレンス/ 母ファーストアクト
牝・栗東・山本厩舎

33戦中28戦に騎乗。この馬との名場面はなんと言っても昨年2005年の天皇賞(秋)。天覧競馬となった記念すべきレースで上がり32秒7の脚を繰り出し、ゼンノロブロイなど牡馬の強豪を見事蹴散らした。

天皇賞・秋を制覇
(10月30日 芝2000m
ヘヴンリーロマンス 14番人気)
2006 2月 調教師免許試験に合格(2月16日)  
  騎手最終日メインレース 重賞 阪急杯をブルーショットガンで制す
(2月26日・11番人気)
ブルーショットガン
    最終勝利をJRA通算1400勝で飾る(阪神12R フィールドルージュ

 

松永騎手 なんでもNO.1 松永幹夫騎手にまつわる『なんでもNO.1』をご紹介。
思わず『ヘーヘーヘー』と机を叩きたくなるかも?

最速前半3ハロン  
32秒6
ブレイクタイム
(スプリンターズS 01年9月30日 中山)
最速上がり3ハロン(芝1000m除く)
32秒7
ヘヴンリーロマンス
(天皇賞・秋 05年10月30日 東京)
最短馬名   
2文字
ロロ
ジル
最小体重馬   
オカノハード
364キロ
(88年1月23日 京都3R)
最大体重馬   
インターアックス
606キロ
(95年3月12日 京都10R 武庫川S)
最多賞金馬   
 33360万円
ヘヴンリーロマンス
最多騎乗   
ルポルタージュ
37戦 
最多勝   
ダンシングサム
7勝
最多2着回数馬   
ルポルタージュ
12回 (37戦騎乗)


【面白データ】
 『ミッキー』のつく馬には過去4頭騎乗
ミッキーベル/ワンダフルミッキー/ ミッキーダンス/マルサンミッキー

   

緊急募集 松永幹夫騎手といえばこの馬!アンケート結果

「松永幹夫騎手といえば『この馬!』」の緊急アンケートに多数ご応募いただきありがとうございました!
結果は以下のとおり。早い引退を惜しむ声や松永騎手を通して競馬の感動を知ったなどファンの声も多数寄せられました。

■アンケート結果

1位
ヘヴンリーロマンス  26.3%
2位
イソノルーブル  18.4%
3位
キョウエイマーチ  13.1%
4位
ファビラスラフイン  10.5%
5位
チアズグレイス  5.3%
5位
ファレノプシス  5.3%
7位
カネツフルーヴ  2.6%
7位
キョウトシチー  2.6%
7位
マイシンザン  2.6%
7位
ブロードアピール
 2.6%
7位
ダイタクリーヴァ
 2.6%
7位
ブルーショットガン
 2.6%
7位
メジロブライト
 2.6%
7位
シェイクハンド
 2.6%

■ファンの声(抜粋)

▼私は松永幹夫騎手を応援するところから競馬を始めました。 デビュー当時の松永騎手は、まだ少年の面影があり「ドキッ」とするような「美少年」でした。 当時競馬界は武豊でフィーバーしていましたが、私は松永幹夫騎手を、ずっとずっと応援していました。 その為、やはり、その当時、特に松永幹夫騎手が初のG1制覇を成し遂げた「イソノルーブル」のオークスの逃げが、とても印象に残っています。 私は関東に住んでいるのですが、松永幹夫騎手の最後の騎乗を見る為に阪神競馬場まで、応援に行きました。 最後の重賞レースを11番人気の人気薄の馬で勝利し、最終レースで区切りのJRA1400勝達成。カッコよすぎます。ずっと泣いてしまいました。 これからは「松永幹夫厩舎」を応援していきます。(佐藤さん)

▼ヘヴンリーロマンスです。あの天皇賞・秋のレースは感動しました。あのレースを観て鳥肌が立ちました。レース後天皇陛下に挨拶した時も感動しました。(和田さん)

▼ヘヴンリーロマンス なんてったって天覧競馬の天皇賞で見事な勝利。これはもう永遠のメモリアル。(岩ちゃんさん)

▼松永Jと言えば、「キョウトシチー」です。私が競馬を始めたばかりのころ、ターフビジョンでドバイワールドCを走るキョウトシチーを見ました。何だか印象深い記憶です。(池本さん)

▼ヘヴンリーロマンス号。理由を上げればキリがありませんが…もっとも大きい理由は「競馬道GT3・GT4のベーシック理論と相性が良かった」ことです。クイーンSでは3連複3万馬券、続く札幌記念はワイド万馬券、そして天皇賞では馬連万馬券。いずれも松永騎手とヘヴンリーロマンス、そしてベーシック理論あってものでした。本当に、感謝の念に堪えません。松永騎手、ヘヴンリーロマンス号。ありがとう、そしてお疲れ様(TAC2005さん)。

▼多分「シンデレラ物語」のイソノルーブルや、キョウエイマーチを挙げる方が多いかと思いますが……松永ミッキーといえば……私の場合はチアズグレイスです。チューリップ賞は雨のため人気を裏切ってしまいましたが、桜花賞本番ではマイナス16キロのシェイプアップに成功(笑)。しかも、この桜花賞の翌日が松永幹夫騎手のお誕生日だったんです。全レース終了後、パドックでの馬券検討会の反省会に、集まった人みんなで「ハッピーバースデー」を歌って松永騎手をお迎えしたという、いい思い出を作ってくれたお馬サマです。歴代桜花賞優勝馬の中で最高馬体重記録保持馬の彼女(笑)が、私の中ではミッキーのパートナーとして強く心に残っています。(かずみっくさん)

▼本当に早い引退残念でしょうがありません。でも松永さんが選んだ道だからしょうがないか。これからも頑張ってください。応援しています。イソノルーブル 片方はだしで走らなければならなかったときは本当に悔しかったです。(sendaさん)

▼ファビラスラフイン 怪我から復帰して、第1回の秋華賞を勝った。そして、続くJCをシングスピールとの叩き合い惜しくも2着でしたが見ごたえがありました。ミッキーには牝馬が似合うと思ったのもこのころからです。(おてもさん)

▼松永幹夫騎手と言えばシェイクハンドです。私が初めて競馬場に行って競馬にと言うより馬にはまってしまったいわばデビューの時です。丁度ブライアンが3冠達成した年です。シェイクハンドがデビューで中京競馬場でした。パドックで周回しているハンドが入れ込み激しく転倒したんです。でもそのレース勝っちゃったんです。その時の騎手が松永ジョッキーでした。私の中での初勝利ジョッキーなので忘れられません。お疲れ様でした。そして沢山の感動ありがとうございました。(やっちんさん)

 

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ブルーショットガン