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馬インフルエンザ・ウイルスは、発熱を伴う呼吸器疾患である。発症すると熱は徐々に高くなって40〜41℃にまで上がり、多量の鼻水や乾いた激しい咳をするようになる。この咳によって、空中に飛散したウイルスが他の馬へと呼吸感染していく。
世界で最初に分離されたのは、1956年(ウマ1型)。チェコスロバキア(当時)でのことで、ヨーロッパやアメリカなど世界中に広まった。1963年になるとアメリカでウマ2型ウイルスが現れ、やはり世界各国で流行した。
それが日本に入ってきた最初は、1971年の暮れである。感染源はその前月に輸入された乗馬で、わずか1カ月強で全国で6782頭もの馬が感染した。中央競馬の馬に限定すると2064頭中1934頭で、トレセンのなかった当時、競走馬は各競馬場に在厩しており、東京、中山、福島、馬事公苑で感染馬が確認された。結果、中山と東京での約2カ月間の開催が中止されるに至った。しかし関西馬への感染はなく、関西圏の競馬は通常通り施行された。当時は東西間の遠征が少なかったし、なによりも、JRA競走馬総合研究所の栃木支所の迅速な対応によって全国への拡大を防げたのである。
栃木支所は、競走馬の自主防疫を目的とする感染症の研究機関である。病気そのものの研究や、診断・予防法の開発、診断キットの製作やワクチンの開発も行っている。馬の伝染病の研究を専門としているのは、日本ではここだけだ。現在、海外で広く分布している馬ウイルス性動脈炎やウエストナイルウイルス感染症、死に至る馬ピロプラズマ病などが日本へ入ってきていないのは、栃木支所が未然に防いでいるからである。
1971年に流行した際には、それ以前より外国での発生情報を得て研究に着手していて、発見と共にすぐに防疫措置を取った。日本で初めての罹患であったにも関わらず、研究していたから罹患馬からウイルスを分離することができ、対処できたのであった。
現在、競走馬には日本脳炎や馬ゲタウイルス感染症、馬鼻肺炎、そして馬インフルエンザなどの予防接種が義務づけられている。
馬インフルエンザに関しては、1歳の春以降、半年毎に接種する。人間の罹るインフルエンザとは違って季節を問わないし、病気を予防する免疫は半年ほどしか保てないからだ。
ただし、予防接種をしているからといって絶対に発症しないと言い切れないのは、人間の予防接種と同じだ。また、同じ2型であっても各国で伝染していくうちに変異し、それに感染した可能性もある。ちなみに、1992年の香港、シャティン競馬場では、定期的に接種されていたにも関わらず、958頭中402頭が発病したという報告が出ている。
しかしながら、ワクチンを打っていれば、罹りにくくなる、あるいは発症しても重症になるのを防ぐことができる。これは、36年前と比べて大きな違いである。また、罹患したからといって、発症するとは限らない。
感染源や感染ルートはこの原稿を書いている段階では特定されていないが、海外から入ってきた可能性が少なくない。36年間、日本ではそのウイルスが発見されていなかったし、日本へは年間約4000頭もの馬が輸入されているからだ(その多くは肉用馬)。
ウイルスは、自身で増殖する力を持っていない。しかし、生きた細胞の中に入って細胞などの活力を利用し、増えていく。その形はといえば、細菌とは違い、電子顕微鏡でなければ見ることができない。
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